【インタビュー】菅野よう子さん(作曲家)に聞く

2026.03.032,075 views

アニメやゲーム、映画音楽など、多彩なフィールドで独自のサウンドを生み出し続け、作編曲家/演奏家/音楽プロデューサーとしてマルチな才能を発揮する菅野よう子さん。作品ごとにまったく異なる表情を見せながらも、聴く人の心を強くつかむ音楽は、国内外で高い支持を集めています。自身が率いるバンドの活動も精力的に展開し、昨年のバルセロナ公演に続いて、この春にはニューヨークとボストンでの公演も予定されています。また、東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」をはじめ、多くの人々の記憶に残る旋律も生み出してきました。ジャンルにとらわれない豊かな創作は、どのようにして形づくられているのでしょうか。音楽への思いや制作の背景について、お話をうかがいました。

© 2013 Meow on the Bridge, photo by Maki Umaba

聞き手:原典子(音楽ジャーナリスト)

バルセロナのファンからの熱い支持

――昨年12月にスペインで開催された、日本文化を紹介するマンガ見本市『マンガバルセロナ』に、ご自身のバンド「YOKO KANNO SEATBELTS(シートベルツ)」(以下、SEATBELTS)とゲスト出演されたそうですね。現地での反応はいかがでした?

 3日間にわたって、SEATBELTSと現地のビッグバンドとの混合バンド、SEATBELTS単独、そしてピアノを中心とした「PIANO ME」の3形態でライヴをしました。SEATBELTSは生のピアノ、ドラム、ベース、ギター、サックス、打ち込み、ヴォーカルという編成で、そこにビッグバンドも入ると総勢20人ぐらいのステージになりましたね。SEATBELTSのメンバーとは大学時代からの仲間なのですが、皆さん忙しくてスケジュールを合わせるのが困難なので、これまでもタイミングと思いつきで、10回ぐらいしかライヴをしたことがないんです。海外公演も今回がはじめてだったので、私のバンドを自慢しに行くというスタンスで連れて行きました(笑)。

 お客さんの反応は、想像以上に楽曲をよく知っていて、曲の最初から最後まで日本語で歌ってくださるのに驚きました。スペインの方はもちろん、アメリカや中国など、世界各地から来ていたみたいで。「もっとピアノを聴かせて!」と大きな声で言っている方もいました。

絶対に寝させない、飽きさせない

――「PIANO ME」は、以前から菅野さんが取り組まれていたプロジェクトですが、どのようなものなのでしょう?

 日本ではオンラインライヴのみ、生のライヴも2013年にアメリカのボルチモアで一度しただけなので、プロジェクトとしてはまだ構想を練り上げている段階なのですが、私にとってのピアノというところからお話しますと……。

 3歳ぐらいのときにアップライトピアノを買ってもらったのですが、鍵盤まで手が届かないので、音が出る部分に耳をつけてずっと聴いているような子どもでした。グランドピアノになっても、ベッドで寝るより、ピアノの下で寝ている方が落ち着くという。ピアノを親猫のようにして育った感じです。

 かといってクラシックの先生について習ったこともないので、指遣いも完全に自己流で、練習もしたことがありません。クラシックのピアノ・リサイタルに行っても、途中で寝ちゃったり、飽きてしまったりして、あまり最後まで聴けたことがないんですよ。ですから、もし自分がピアノのライヴをするならば、絶対に寝させない、飽きさせないパフォーマンスにしたいなと思いました。

 ふらっと気軽に行って、ふわっと演奏が始まったけど、気づいたら宇宙に飛んで行って、今のは幻だったの? みたいな。次になにが起こるかわからない、びっくりするような面白い体験、それによって人生観がちょっと変化するようなライヴにできたらなと思って始めたのが「PIANO ME」というプロジェクトです。

 ピアノはあくまで生にこだわって、電気を使わない環境でも実現可能性のあるライヴにしたいとも考えました。たとえば学校の教室とか、森の中とか、いろいろな可能性を模索中です。まだ日本でライヴをしていないので、どんなものか伝わりにくいと思うのですが、「とにかく寝かせないぞ」と。

――菅野さんというと一般的には作曲家というイメージが強いですが、ライヴでピアノを演奏するパフォーマンスについてはどのように捉えていらっしゃいますか?

 私が音楽の世界に入ったきっかけは、弾き手としてでした。大学でバンドを始めた延長線上で、歌手のバックバンドやドラマのサウンドトラックの演奏などでスタジオに呼ばれて、20〜30代は弾き手が仕事のメインでした。自己流ですが、指は動いて弾けてしまうので、ライヴでは派手なパフォーマンスをしてみんなを喜ばせたり。

 でも、自分としてはそういったパフォーマンスが好きだったわけではなく、どちらかというと無口な、ずっと黙っていて重要なことをひとことだけ言う…みたいなピアノの方が好きだったんですね。無口といっても、思慮深い感じではないんですよ。たとえば小さい子って、あんまりベラベラ喋れないじゃないですか。一生懸命喋っているけど、つっかえたり、文法がおかしかったり、かと思うと深い意味にもとれたり。そういう感じですね。

 そう思って、ある時期からは、やたらと弾かないようにしていたら、練習もしていないので、本当に弾けなくなったという…(笑)。

2025年12月のバルセロナ公演より
photo by IRENE KUROI

心の産毛に触れる音

――バルセロナでのライヴではフルコンサートピアノ「SK-EX」を演奏されたとのことですが、カワイのピアノに対するイメージは?

 大学に入って実家を離れて以来、ずっと家にピアノがなかったのですが、25年ほど前に人生ではじめて自分で買ったピアノが、カワイのピアノでした。いろいろなピアノを比較検討したのですが、カワイのピアノがいちばん丸い音がしたんですね。琴線に触れる音というのでしょうか。華やかな音、キャッチーな音、上品な音、それぞれのピアノごとに魅力があるなかで、心の産毛にちゃんと触れる丸っこい音がするカワイのピアノに惹かれました。

 タッチをちょっと弱めに弾いたとき、コトッと胸に落ちるような説得力があって。弱音でほんの少しだけハスキーな感じがするのも好きです。音が出る瞬間に、本当にわずかな引っかかり、ざらつきを感じる。ただきれいな音だけではない、生き物っぽいというか、有機的な部分があっていいなと思います。

音楽の起源に立ち返る

――ここからは作曲家としての菅野さんにお伺いしたいのですが、クラシック、ジャズ、ロック、エレクトロニックミュージックなど、あらゆるジャンルを自在に行き来する幅広い作風には本当に驚かされます。『カウボーイビバップ』や『攻殻機動隊』といったアニメでは、菅野さんの音楽が作品そのものの世界観の一部となっていますが、どのように音楽のイメージをつくっていくのでしょうか?

 「ジャンルをどうやってコントロールしているんですか?」とよく聞かれるのですが、自分としてはジャンルというものをまったく意識してないので、聞かれても困るという感じで。たとえば『カウボーイビバップ』はジャズだと言われるのですが、自分としてはジャズを書いているつもりはありませんし、実際の音楽的にもジャズとは少し違うと思います。ただ、このシーンに合う音楽を書いたら、ああなったという。『攻殻機動隊』だからエレクトロニックミュージックにしようとか、ジャンルで括るような作り方はしていません。

 ただ、音色やリズム、テンポ感などは、作品によってある程度、決まってくる部分はあるかもしれません。たとえば『カウボーイビバップ』だったら、ややレトロで、錆のようなざらつきを残したスチームパンク的な音色に仕上げるために、録音したあとのミックスの段階であえて汚したり、ほこり臭くするとか。逆に『攻殻機動隊』は、アニメをご覧になった方はおわかりかと思いますが、人間の脳がネットワークに直接接続され、情報を頭の中でやり取りできる世界なので、ノイズがまったくない音に仕上げたり。

――それは面白いですね! 作品ごと、シチュエーションごとの必然性によって、さまざまな音楽の引き出しを開けていくような。

 そうですね。私にとってジャンルというのは、横軸ではなく、縦軸のイメージなんです。つまり、人類の祖先である猿がドンッて大地を叩いたり、ギャーッて隣の群れの猿に言ったりしたのが、音楽というものの起源ですよね。人類の進化につれて、それがクラシックとかジャズといった音楽へと発展していく。でも、元はといえば「猿のドンッ」なんですよ。

 なので、私はどんな音楽を聴くときでも、「猿のドンッ」からの距離を測って、どこの地点にいるかを考えます。「猿のドンッ」という部分に触れている音楽は好きだし、触れていない音楽は、どんなにイケてる音楽であっても好きじゃない。だから、特定のジャンルだけ勉強して、その中でやっている音楽にあまり意味が見出せないんです。私、何言ってるかわかります?(笑)

――わかります。つねに音楽の根源的なものを見ていると。

 私は子どもの頃から、言葉よりも音楽でものを言う方が簡単だと思っていました。「腹立ちつつ、愛してる」みたいなことを、言葉で伝えようとすると大変だけど、音楽ならどちらの感情も同時に伝えることができる。受け手についても同様で、言葉が違う世界の人にも、ある程度共通した心の機微というものがある、そう信じて音楽を作っています。

――菅野さんのクリエーションの秘密が少しだけわかった気がします。興味深いお話をありがとうございました。

Yoko Kanno 菅野よう子

© 2009 Meow on the Bridge

作編曲家/演奏家/音楽プロデューサー。映画、ドラマ、CM、アニメ、ゲーム音楽制作のほか、さまざまなアーティストへの楽曲提供やプロデュースも手がける。ゲーム音楽では「信長の野望シリーズ」で広く知られ、アニメでは「カウボーイビバップ」のオープニング曲「Tank!」は映像作品を超えて報道・バラエティ番組でも広く使われるなど、誰もが一度は耳にしたことのある楽曲として世界中で知られる。「攻殻機動隊 S.A.C」「マクロスF」なども高く評価されている。東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」を作曲し、「第63回紅白歌合戦」に出演・審査員を務めた。2013年に連続テレビ小説「ごちそうさん」の音楽を担当。映画では「海街diary」(2015年/是枝裕和監督)で日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。2017年には大河ドラマ「おんな城主 直虎」の音楽を担当。2019年「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」の祝賀式典で奉祝曲「Ray of Water」の作編曲・献奏指揮を務めた。2025年大阪・関西万博では水上ショー「アオと夜の虹のパレード」など複数プログラムの音楽制作・音響監督を担う。2013年にはボルチモアで自身のピアノ演奏を軸に映像投影などの演出と融合させたプロジェクト「PIANO ME」を行い2000人を熱狂させ、2026年4月にはNYのタウンホールで同名の公演を予定している。
https://yokokanno.ch

投稿者

原典子(音楽ジャーナリスト)

河合楽器製作所

ピアノ・電子ピアノといえばKAWAI
1927年創業の
鍵盤楽器メーカーです

これまで100年近くにわたり、世界各国にたくさんのピアノ・電子ピアノを届けてきました。
国際コンクールやコンサートなどでは、世界中の多くのピアニストにご愛用頂いております。
「音楽を通じて、感動を共に分かち合いたい」
これは、永きにわたる楽器づくりの歴史から生まれたKAWAIの想いです。

河合楽器製作所コーポレートサイト

人気の記事

あなたにおすすめのコラム

あなたにおすすめの製品



PICK UP

pagetop