カワイオーストラリアに常駐のアンドリュー・ラムゼイ氏。
この記事では、アンドリュー氏による音楽パフォーマンスの際に感じる不安に対する洞察と、今後の試験やコンサートでパフォーマンスを向上させ、期待を超えるためにできることの実践的なヒントを提供します。
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アンドリュー・ラムゼイ氏プロフィール
カワイオーストラリア常駐のAMEB*試験官、ピアニスト、教育の専門家。
世界で最も権威のあるステージ(ニューヨークのカーネギーホールのワイルリサイタルホールなど)での演奏など、豊富な演奏経験を活かして活動中。
パフォーマンスの際に生じる”不安”を痛感することで、プレッシャーを克服し、またプレッシャーの中でいかに成長するかについて研究する事を決意。オーストラリア内外の業界の専門家から学びながら、緊張に打ち勝つ方法の研究に多くの時間を費やしている。
AMEB:Australian Music Examinations Boardの略。音楽検定、グレード。
パフォーマンスの際に感じる不安とは何か?
”不安”とは厳密に言えば、これはプレッシャー下で活動をする際に知覚された”脅威”に対する精神的および生理学的反応のことをさします。音楽シーンでは、演奏前や、演奏中に現れます。
演技中や試験中に不安になるのはなぜか?
意識的に、自宅で練習することと試験で行うことは大きく異なります。練習ではプレッシャーは比較的少なく、ミスがあったとしても誰も気に留めません。もし、何か問題があれば止めて繰り返すことができ、いかなる時でも「強制終了」し、後でやり直すことができます。練習では失うものがありませんからね!
対照的に、試験やリサイタルでは、結果が演奏の質に左右されることがよくあります。試験官、審査員、聴衆は本質的に何らかの基準に基づいて審査します。失うものがある状況では、私たちはより大きなプレッシャーを感じ、ストレスのレベルが高まります。
なぜ不安が影響を与えるのか?
前述の通り、不安とは知覚された脅威に対する反応=「戦う、逃げる、すくむ」反応というのは、かつて人類が雷雨やサーベルタイガーに計り知れない恐怖をいだいていた時代から私たちの体に組み込まれています。
私たちの体にアドレナリンが急増することで良い影響を与えることもありますが、一方でデメリットが生じる場合もあるのです。
ストレス反応の 2 つの基本的な部分: 精神的および生理的
私たちの認知プロセスは演奏状況によって変化し、ネガティブに物事を考えたり、自身の「曲に対する知識量」を過度に分析したり、興奮状態になることによって、現れる症状を否定的に捉えることがあります。
これらの生理学的“合図”は、手汗や手のべたつき、心拍数の上昇、動悸、そして時には吐き気などといった症状として現れます。
考慮すべき重要なことは、“不安”は実際には私たちが考えているようなものではないということです。私たちがパフォーマンス中に経験する身体的な「闘争・逃走」反応の高まりは、「覚醒」または「活性化」としても知られており、ポジティブなものでもネガティブなものでもありません。この「活性化」を有益なものにするか、あるいは有害なものにするかは、精神的そして感情的に”理解すること”にかかっています。
カゲヤマ・ノア氏が『Bulletproof Musician』の中で述べているように、「身体の活性化が高まった状態と、否定的な感情が組み合わさると、不快で苦痛に感じる“不安”が生じます。しかし、同じように身体の活性化が高まった状態とポジティブな感情を組み合わせると興奮が得られ、同じ症状でもよりポジティブな気分になります。いくつかの研究では、“不安”ではなく“興奮”とポジティブに捉えることでより良い結果につながること、そしてアドレナリンの増加に伴うエネルギーと集中力の高まりを受け入れることは完全に可能であることを示しています。」つまり「物事を楽観視する」アプローチは、統計的にみて、より良いパフォーマンスを生み出す可能性が高いといえます。
ストレス免疫訓練
このポジティブ思考を最も効果的に実践するにはどうすればよいでしょうか? 最良の方法の 1 つは、段階的な圧力レベルの下で実行する「ストレス免疫訓練」と組み合わせることです。
研究によると、管理可能なレベルのストレスにさらされると、心が”忍耐すること”を学び、最終的にはパフォーマンスのプレッシャー下でも成長できることがわかっています。これはまた、学生により簡単な、あるいはよりリスクの低いパフォーマンス状況でこのポジティブ思考を実践する機会を与えることができます。
練習とパフォーマンス
前述の通り、練習とパフォーマンスはまったく別物で、学生は練習の練習には長けていることが多いですが、パフォーマンスの練習にはあまり熟練していません。ストレス免疫療法を実施する最も簡単な方法は、公演や試験に先立って、数日、数週間、場合によっては数か月間、ストレスの少ないパフォーマンスの機会を促進することです。
生徒がパフォーマンスの練習にポジティブ思考を取り入れながら、徐々にストレス耐性を高めるために実行できるいくつかのステップを次に示します。
ストレス耐性を高めるステップ
- まずは、聴衆や試験官が練習室や自宅に一緒にいるところを習慣的に思い浮かべることから始めましょう。
- 演奏条件下(可能であれば学生服やコンサートの服装、試験用の楽器を使用)で、曲やプログラム全体を停止することなく録音する練習をしてください。
- 両親、兄弟、親しい友人など、身近な人たちに向けて作品やプログラムを演奏します。
- 近所の人や知人など、あまり馴染みのない人々の前でパフォーマンスを企画します。
- 模擬試験官や大規模な聴衆、あるいはその両方など、できるだけ威圧的な聴衆の前でパフォーマンスしてみてください。
個々のパフォーマンスの機会は生徒によって異なりますが、上記の方法は一般的なガイドとして機能します。各環境ではストレスが少しずつ増し、生徒はポジティブ思考を実践し、段階的に高まるプレッシャーに対処する必要があります。ストレスやプレッシャーのレベルが徐々に増加する限り、ステップの数や各ステップを制限なく繰り返すことができます。
結局のところ、音楽パフォーマンスとは、私たちの創造性、情熱、そして一生懸命練習した結果を共有することなのです。私の考えでは、これをより自信を持って、楽に、そしてより楽しく共有するのに役立つあらゆる方法は、探求する価値があります。
カゲヤマノア氏について
ジュリアード音楽院でヴァイオリニスト兼パフォーマンスコーチ、心理学を学んだ経歴を持つ。
学生やミュージシャンがより自信を持ち、スキルを身につけ、より防弾性を高めるための包括的な方法論を開発しました。
ウェブサイトにアクセスして、質の高い (そして無料の) 読書をたくさん楽しんでください!
その他著名人からのヒント
国際的に評価の高いピアニストや教育者に、彼らとその生徒にとって何が最も効果的なのかについて相談しました。ここでは、パフォーマンスに対する不安を克服し、プレッシャーの下で成長することについて彼らが語った言葉を紹介します。
アイヴァン・ホーバティック氏
ザグレブ音楽アカデミー卒業生、チューリッヒ芸術大学大学院生および教員。
「生徒によって、それぞれ準備の必要性やルーティンは個人によって異なります。しかし、私と生徒がコンサートの準備のためによく行っている、非常に有益な頭の体操が 2 つあります。1 つ目: 演奏の数日前に、少なくとも 1 日に 1 回、生徒は演奏する曲を頭の中で通し、ピアノから離れて演奏する様子を想像する必要があります。これにより、創造されるであろう動きと音に焦点をあてることができます。これは、自信のない箇所を見つけるための素晴らしい方法です。2 番目の練習は、ピアノの前に座って、演奏の直前に行うことです。足の先まで深く息を吸い込み、自分が大きな木であると想像してください。足は地に深く根をはり、上半身は幹のようにどっしりと、そして腕と手は、枝や葉のように、そこから遠くの観客にまでも音楽が風にのって届くように…。」
ジェイソン・ストロール氏
ジュリアード音楽院および王立音楽院グレン・グールド・スクール(トロント)卒業生、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校教員。
「観客の前で演奏することは、ミュージシャンとしての私たちの仕事の中でとてもスリリングな部分です。観客と完全につながることは本当に特別なことであり、パフォーマーと観客の両方にとって思い出に残る経験となるでしょう。私が行っている重要なことの 1 つに、”演奏の 1 か月前に自分の曲が完全に自分の中に浸透していることを確認する”ということがあります。単に暗記するだけでなく、次の音を心配しないように曲を”骨の髄まで”入れておくことです。私が生徒たちにそうするよう伝えているのは、事前に十分な準備をしておくことで自信がつき、自信を持って流暢に演奏できるようになるからです。そうすれば、生徒たちは自分の準備を信頼するだけでよくなり、実際の演奏を楽しむことに集中できるようになります。」
アヴァン・ユー氏
ベルリン芸術大学およびマンハッタン音楽学校卒業生、第12回シドニー国際ピアノコンクール優勝者。
「未知のものを恐れるのは人間の本性です。したがって、緊張を和らげるためには、緊張の素となっているものにもっと慣れる必要があります。試験が緊張する場合は、事前に模擬試験を受けてください。演奏で緊張してしまう場合は、友人や家族のために曲を見直してみましょう。イベントまでの期間、パフォーマンス用の衣装を着て演奏したり、同じ時間帯に演奏したり、実際の演奏用楽器に慣れたりするなど、イベントのあらゆる側面にできるだけ精通しておきたいと考えています。最終的な目標は、音楽以外のあらゆる側面に事前に慣れて、音楽に集中して楽しむこと以外に何もすることがなくなるようにすることです。」
記事について
記事掲載元
How to beat piano performance nerves?
掲載サイト
記事作成者
記事掲載者: Hugh Raine