あらゆる記憶が心の奥の方にしまわれていて、ふとしたときに引き出しを開いて出てくる
TVアニメ『ピアノの森』や『青のオーケストラ』等での活躍でも知られる、ピアニストの髙木竜馬さん。いま最も注目される若手ピアニストの一人です。2024年4月にリリースしたデビューアルバム『Metamorphose』のレコーディング時にも使用した Shigeru Kawai ピアノの音色に魅了されているといいます。これから、どのようなピアニスト像を目指しているのでしょうか。CD発売記念ツアーの合い間にお話をうかがいました。
聞き手:高坂はる香(音楽ライター)
——音楽一家に生まれ、ピアノを始めたのは2歳の頃だそうですね。
はい、でも子供の頃はサッカーも大好きで、よく外で遊んでいました。7歳から師事したエレーナ・アシュケナージ先生は、演奏には運動神経や健康な身体が必要だということに加え、人間として心が豊かなことが何よりも大切だからとサッカーなども推奨してくださいました。むしろピアノを1日4時間以上練習しないようにといわれていましたね!
——ピアノ以外のどんなご経験によって今の豊かな想像力が育まれたと思いますか?
小さい頃から空想に耽ることが好きで、よく心の中で物語を作っていました。本や絵や映画も好きでしたね。そういう想像力が、演奏し、教えるうえでとても役に立っています。特に教えている時は、隣で弾いて音を聴いてもらうだけでは伝えきれないこともあります。そんなとき、例えば「荒波に揉まれた怒りのイメージのフォルテ」「霧のかかった森を一歩一歩進むときのようなピアニシモ」という具体的な言葉を使うと、よりよく伝わります。
日々、帰り道にいろいろな物語を想像していたちょっと変わった子供だったわけですが、それが今に生きてくるとは思いませんでした(笑)。
音楽家は音楽だけやっていればいいわけではありません。芸術に触れることはもちろん、美味しいものを食べたり、旅先で景色を見たりとさまざまな経験をして、人間としての豊かさを持つことが必要です。あらゆる記憶が心の奥の方にしまわれていて、ふとしたときに引き出しを開いて出てくることがありますよね。
——過去の名演もたくさんある中、作品に向き合う際にはどのようにして自分だけの解釈を見つけていくのでしょうか。
巨匠の古い録音を聴くのは昔から大好きで、学ぶことがとても多いのですが、もちろんただ単純に模倣して演奏をすることはありません。大切なのは「どうしてそのような演奏をしているのか」「どのような信念を抱いてその演奏に辿り着いたのか」を考えることだと思います。
僕の音楽性は、これまで師事したアシュケナージ先生や中村紘子先生、ミヒャエル・クリスト先生、ボリス・ペトルシャンスキー先生からの教えを土台にできています。そこにいろいろな経験や学んだものが混ざり、自分の解釈が生まれてくるのだと思います。
先日はペトルシャンスキー先生の演奏会を聴いて、すばらしすぎて泣いてしまいました。シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」に、天国のシューマンが降りてきているような異次元のものを感じたのです。こんなに素晴らしい演奏をされる方に教えを受けられたのは、かけがえのないことだったと改めて思いました。
音で世界が見えるというのは、一つの究極の形ですよね。異次元の空間に連れていかれるような超自然的な演奏は、理想です。
——その表現のパートナーとしてピアノがとても大切な存在になると思います。高木さんにとって良いピアノとは?
倍音が豊かなピアノです。豊かな響きを持ち、決して硬くならず、音の芯がありながら1枚ベールがかかっているようなまろみのある強音、弱音を出せるピアノが理想です。
Shigeru Kawai はすごく豊かに響くけれど絶対汚い音にならない、僕にとって最高に良いピアノです。出したい音に合わせて自分がうまく体を使うことができさえすれば、ちゃんとその通りの音が出てくれる確率がとても高い。
初めて Shigeru Kawai を弾いたのは、浜松国際ピアノアカデミーコンクールでのことでした。実は予選では別の楽器を弾いていたのですが、客席で聴いた Shigeru Kawai がすばらしすぎて、ファイナルでは変えたいとお願いして弾かせてもらえることになりました。
いわばぶっつけ本番で弾くことになる状況でしたが、河合楽器の方が、「同じモデルが竜洋工場にあるから何時間でも練習していい」と連れていってくださり、温かい応援に本当に助けられました。そんなスタッフや作り手のみなさんの雰囲気はピアノの温かさと通じるものがあり、それこそが Shigeru Kawai の魅力だと思います。
——デビューアルバム『Metamorphose』(イープラスミュージック)も Shigeru Kawai で録音されています。
たくさんすばらしい Shigeru Kawai を弾いてきましたが、これまでで一番ビビッとくるものを感じ、こんな楽器で録音できるなんて最高だ!と思いましたね。
デビューアルバムなので選曲にも気合が入りました。“高木竜馬”というものが見せられるよう、ラフマニノフ、チャイコフスキー、グリーグ、ドビュッシー、シューマンから大切なレパートリーを出し惜しみせず詰め込みつつ、調性などにこだわって、雑多に見えるようで一つのつながりのある渾身の一枚になりました。
——演奏活動以外で関心のあることは?
大好きなブルックナーの魅力を、普段聴かない層にも伝えたいというのは一つあります。例えば僕の「ピアノの森」コンサートに来てくださる方の多くにとって、ブルックナーは遠い存在でしょう。長くて難しいイメージがあるかもしれませんが、実際にはマジカルな魅力を感じる瞬間がたくさんあります。最近、楽譜を読み込む機会も増えて、改めてその魅力を感じています。いつかブルックナーの交響曲のピアノ編曲作品を演奏会で取り上げてみたいです。
——今後ピアニストとして、社会の中でこうありたいという目標はありますか?
いろいろなスタイルの演奏家が活躍している昨今、自分がどんなピアニストを理想としているのかは、すごくよく考えています。
その中で一つ感じるのは、自分は先人からその流派の中に身を置いて多くのものを受け継いでいるのだから、バトンの重みを知り、後世に繋げる活動をすべきだということ。“高木竜馬を聴いてください”ではなく、まず聴いていただくべきものが作曲家なのはもちろんですが、そのうえで、何を次の時代に繋げていくかを考えています。
目の前のお客様の人生に少しでも彩りを添えられたらという想いもありつつ、もっと長いスパンで見て、音楽の歴史の中で何を世の中に残せるのか、次世代に何を伝えられるのかを念頭に活動していきたいです。
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| CD Information |
髙木竜馬『Metamorphose』(イープラスミュージック)
グリーグ国際ピアノコンクールの覇者 待望のデビューアルバム!
em-0036 価格:3,000円(税込)
2024.4.24(水) リリース
- ラフマニノフ:幻想的小品集より 前奏曲「鐘」作品3-2
- ラフマニノフ=江口玲:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43より 第18変奏曲
- チャイコフスキー:6つの小品より「主題と変奏」作品19-6
- グリーグ:抒情小曲集より「夜想曲」作品54-4
- グリーグ:抒情小曲集より「トロルハウゲンの婚礼の日」作品65-6
- ドビュッシー:前奏曲集 第2巻より「カノープ」
- シューマン:子供の情景より「トロイメライ」作品15-7
- シューマン:謝肉祭 作品9
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Biography
髙木竜馬 Ryoma TAKAGI
第16回エドヴァルド・グリーグ国際ピアノコンクールにて優勝及び聴衆賞を受賞し一躍世界的に脚光を浴びる。その他にも第26回ローマ国際ピアノコンクールなど7つの国際コンクールで優勝。オスロフィル、ベルゲンフィル、ウクライナ国立フィル、ウィーン室内管、東京フィル、東京交響楽団、富士山静岡交響楽団、大阪交響楽団、群馬交響楽団、神奈川フィル等のオーケストラと、ハンス・グラーフ、エドワード・ガードナー、アンドレア・バッティストーニ、小林研一郎、秋山和慶、尾高忠明、高関健、佐渡裕、下野竜也、鈴木優人等の指揮で共演。ウィーン楽友協会やシェーンブルン宮殿等の世界各地の著名なホールで演奏するなど広範な演奏活動を続けている。NHK総合『ピアノの森』では雨宮修平メインピアニスト役で出演した他、映画『アナログ』やテレビ朝日『題名のない音楽会』、NHK Eテレ『青のオーケストラ』などメディアや音楽祭への出演多数。京都市立芸術大学専任講師に就任し後進の指導にも当たっている。