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【インタビュー】アルトゥル・シュクレネルさん(ポーランド国立フリデリク・ショパン研究所所長)に聴く

2024.07.04645 views

この先、100年という歳月が流れたとしても、人びとが芸術を愛する心を忘れないでいてほしい

1927年に創設され、近く100周年を迎えるショパン国際ピアノコンクール(以下、ショパン・コンクール)。同コンクールのオーガナイザーを務めるアルトゥル・シュクレネルさんが、世界中を飛び回る超多忙なスケジュールの合間をぬって、独占インタビューに応じてくれました。

聞き手:白柳龍一

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――来年10月に開催が予定されている第19回ショパン・コンクールですが、前回に比べて、一部の課題曲に変更があったと聞きました。

 そのとおりです。ファイナリストに要求されるものが年々厳しくなってきており、そのためにも、ファイナル・ステージに曲を追加したらどうかというシグナルが、審査員の中から出てきました。審査員の皆さんは、彼ら自身がショパン・コンクールの優勝者、入賞者ですから、彼らの「ショパン・コンクールはこうあるべき」という考えを尊重しました。

 もちろん、ファイナルでコンチェルトが演奏されることは、ソリストとオーケストラとの共演ということもあり、コンクールのクライマックスをつくる上でも素晴らしいことだと思います。ただ、ショパンのコンチェルトは、彼のスティレ・ブリランテ様式の時代の最高峰の作品ではあるものの、ショパンにとって、その時代はそれほど長くはありません。そのような作品だけでファイナルの演奏を評価してよいものかどうか。これは、わたしの長年にわたる自分自身への問いでもありました。

 

――そこで、《幻想ポロネーズ op.61》が、コンチェルトと並んで課題曲に加わったのですね。

 ファイナリストが、コンチェルトとは異なる時代、ショパン晩年の大作を演奏することは重要だと思っています。

さらに、第1次予選から第3次予選までは、いわば個人の世界といえます。個人のピアニストがいかに自分をコントロールして演奏していくかということで勝負ができますが、ファイナル・ステージはオーケストラとの共演経験が豊富かどうかで演奏に差が出てしまう。それをどう判断するか、というところが大きく影響しています。

 《幻想ポロネーズ op.61》を追加することで、第3次予選からファイナルまでのつながりを見ることができますし、オーケストラとの共演経験が少ない出場者にとっては、彼らの緊張を解くきっかけになることと思います。

 

――第1次予選にワルツが加わりました。

 本選の参加者は技術的に優れた人ばかりで、演奏のテクニックがあることはすでにわかっています。そのような中で、表現がむずかしいダンス=舞曲の要素を入れたかったのです。なぜなら、舞踏会などに触れる機会が乏しい現代において、自分の生活実感としてワルツを演奏で表現するのはとても難しいからです。テクニックがあり、リズム感が卓越していても、ワルツは簡単には弾けません。ピアニストがもつイマジネーションと表現力、そして多彩な音色のパレット、それを第1次予選の時点で見たいというのがワルツを加えた意図になります。

 

――ソナタとプレリュードを入れ替えたのも大きい決断だったのではないでしょうか?

 審査員にとって、ソナタはどうしても聴きたいジャンルですし、出場者に対しては、プレリュードを弾く機会も与えてあげたい。そういう観点から決断しました。

 2015年のときのチョ・ソンジンは、両方弾きたいからといって、第2次予選でソナタを弾き、第3次予選の自由選曲のところでプレリュードを弾いたわけですが、それをいわば『合法的』なかたちで(笑)、すべての出場者に適用したいと考えたのです。

 

3

インタビューの直前には、ポーランド共和国大使館で記者会見にて2025年に行われる第19回ショパン国際ピアノコンクールの概要が発表された。
写真右から、アルトゥル所長とヨアンナ副所長。

――来年の10月に開催されるショパン・コンクールですが、準備のほうはいかがでしょう?

 すでに準備万端という感じです(笑)。現在、ポーランド・ラジオ局やテレビ局と最終の詰めの段階で協議しているところです。今年10月1日からチケットの販売が開始されるのですが、これはいつも、あっという間に売り切れてしまい、みなさんにご迷惑をかけていますね。今年もなんとかシステムがうまく解決してくれるものと考えています。

 準備という意味では、来年の第19回も含め、2028年のショパン国際ピリオド楽器コンクール、さらに30年の第20回ショパン・コンクールまでを100周年記念事業として包括的に考えています。

 29年には、第20回を前にした世界規模の予備予選会を全6大陸の十数カ国で開催する予定で、これはショパン・コンクール史上初の試みとなります。また、世界5カ国での展示事業、出版事業、CDリリースや関連のコンサートなど、多彩なかたちで100周年のセレブレーションを考えています。

 

――カワイの創業もショパン・コンクールの創設と同じ1927年で、まもなく100周年を迎えます。

当然のことながら、これまでも、これからも、カワイのピアノがコンクールのオフィシャルな楽器のひとつであることを確信しています。

わたし自身、さまざまな機会で実感していることなのですが、近年、とくにShigeru Kawai SK-EXというピアノが、本当に素晴らしい楽器であると感じていますし、より多くのピアニストたちも、そのことに気づき、この楽器の素晴らしさを発見しつつあるように思います。わたしは、さまざまな機会にカワイの楽器による演奏を聴いていますが、どんな場所でも、どんな条件でも、安定的に強い響きがするという非常に優れたピアノですね。ますます多くの人に使ってほしいと思います。

 

――Shigeru Kawaiを高く評価していただき、ありがとうございます。

 わたしも個人的に、浜松にあるカワイのピアノ工場を見せていただく機会がありましたが、いかに優れたシステムで、複雑な工程を経て製作されているかを目の当たりにして感銘を受けました。この間、カワイとショパン・コンクールが何十年にもわたって協力関係をつづける中で、カワイから素晴らしい楽器が誕生しつづけていることに、感銘を受けています。また、コンクールという場において、さまざまなピアニストたちが試奏の機会をもち、この楽器の良さを知るきっかけになっていることを非常に嬉しく思います。

5

――ショパン・コンクールが若い聴衆に与える影響をどのようにお考えですか?

 たしかに、ショパン・コンクールは特別な存在だと思います。その理由のひとつは、『高尚な文化』であるクラシック音楽というものと、いわゆるマス・カルチャー、つまり『大衆文化』というものを、このコンクールはひとつにすることができる点です。

 例えば、日常的にクラシック音楽を聴くことがない若者たちが、ソーシャルメディアなどを通じてコンクールに関心をもっています。確かに、その勢いというのは刹那的なものであるかもしれませんが、コンクールの間中はその熱気を共有し、一緒に場を盛り上げ、面白さを見出しているのだと思います。

 それは、コンクールの期間中しか続かないのかもしれません。とはいえ、やはりわたしたちの役割、存在意義というのは、そういった人たちにまずクラシック音楽が届けるようにすることだと思っています。また、その役割は現時点で達成できていると感じています。

 

――たしかに、YouTubeなど、SNSを取り入れることで、聴衆の層が飛躍的に広がったと思います。

 それはたいへん重要なことだと思います。一方、コンテスタントの側から見たとき、このコンクールは優勝さえすれば一気に世界のスターダムに上りつめられるものですし、優勝に届かず入賞にとどまったとしても、ファイナルのステージはみなが注目しているわけで、世界中から見られる存在、世界中に知られる存在になります。そういった人たちにとっては、すぐさま世界への扉を開けるキャリアへの近道ということになります。

また、そこまでには到達できなかったけれど、コンクールに参加することはできたというピアニストに関しては、自分自身を見つける格好の機会になると思います。周りにどんなライバルがいるのか?ライバルたちは、どんな教授にどのようなことを習っているのか。自分がどんな立ち位置にいて、これからどのような未来を目指すべきなのか、そういうことを深く考える場になるのです。

 

――たしかに、コンクールの舞台裏ではさまざまなドラマが展開しているのだと思います。

 アメリカのケーブルTV局HBOの制作によるドキュメンタリー映画『Pianoforte』をご覧になりましたか?この映画の中では、出場者たちがライバルというよりは、お互いが仲間同士になって一緒に頑張っていこうという姿が描かれています。HBO制作の作品は、日本で見ることのできる動画サイトにはすべての作品が配給されていないかもしれませんが、予告編などはYouTubeで見ることができますので、ぜひチェックしてみてください。

 

――ショパン・コンクールの創設から100年が経過するなかで、大きな戦争があり、災害があり、さらに最近のパンデミックなど、歴史の上でさまざまな出来事がありました。これからの未来をどのように予想されますか?

 この先、さらに100年という歳月が経過したとしても、人びとが音楽などの芸術を忘れないでいること、それを愛する気持ちを捨てないでいることを望んでいます。そして、何よりもクリエイティビティ=創造性を大切にしていてほしい、そう願っています。

 

19回フリデリク・ショパン国際ピアノコンクール

・予備予選:2025年4月23日〜5月4日

・コンクール本大会:2025年10月2日〜23日

https://konkursy.nifc.pl/en/

Biography

アルトゥル・シュクレネル Artur Szklener


profile
 1972年ポーランド、クラクフ生まれ。ヤギェウォ大学音楽学部卒業。1994〜95年イギリスのエクセター大学、94年〜97年ロンドン、プラハ、ブルノ、クラクフで、ファーレプログラムの奨学金を受け、97年、「現代の分析手法に照らしたショパンの《幻想曲 ヘ短調》」を研究し、優秀な成績で修了証書を授与された。2008年、「ショパンの旋律のイディオム」と題する博士論文を発表。
 01年よりワルシャワのフリデリク・ショパン研究所(NIFC)に入所し、当初は音楽学の専門家として、その後、アカデミック・プログラムのコーディネーターを経て、09年から12年までは学術・出版部門の副ディレクターを務める。12年5月、NIFC所長に就任。毎年開催されるショパン・カンファレンスの議事録や学術出版物の編集、ショパン作品のファクシミリ版の考案に携わった。ショパンの作品と調性音楽分析法を中心に研究。17〜19年、文化・国家遺産省の委託と助成を受けて、NIFCが主催する国民文化会議のコーディネーターを務めた。

河合楽器製作所

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