2025年5月に発売開始をした、カワイの”ピアノ専用スツール”TY-1。
連弾や見守りなど、そっと寄り添う人に使っていただけるスツールです。
カワイはこのスツールに「もっと愛着を持って、自由にピアノを楽しんでほしい」という温かい願いを込めています。この想いは、豊橋木工:井上さんの「機能を超え、椅子を超えた椅子を作りたい」という想いと交差しました。
本記事では、あなたの日常と記憶にそっと寄り添う存在となるスツールを目指し、何にこだわり、何を乗り越えたのか、その熱い想いをすべて語ります。

ー開発担当者ー
井上 さん:豊橋木工株式会社
遠山 :河合楽器
石田 :河合楽器
ーピアノ専用スツール「TY-1」ー
ピアノ専用スツール「TY-1」:オンラインサイトはこちらから
Contents
開発のきっかけや、井上さんの「椅子」に対する独自の考え方について教えてください。

井上さんと開発試作のスツール
井上: 昔から、音楽好きとしていろんなアーティストのビデオや写真を見てきたんですが、みんな「いまいちな椅子に座っているな」と勝手ながら感じたことがあったんです。せっかくギターがあんなにかっこいいのに、なぜ椅子にはこだわらないんだろう、と小さな疑問を持っていました。
私は元々カーデザイナーで、車のデザインに携わってきました。車の用途に合わせて「気分が良くなる演出」を考えてきました。同時に車は「動くもの、運転するもの」として機能性が非常に重要です。例えばシートなら「疲れない、運転や乗り降りがしやすい」といった機能的なデザインが求められます。このような経験を、家具椅子造りに活かせたらと思っています。
実はずっと「椅子単体でなく、使うことで愉しさや嬉しさが増す”シーンの演出”をしたい」と話していました。そのアイデアの一つに「演奏している人が映える椅子」の企画があったんです。カワイさんから「ピアノのある生活のためのスツール」という企画をいただいた時、まさに私が取り組んでみたいことだと嬉しく思いました。カワイの方のお話をお伺いして「ピアノの世界には”こういうものだ”という固定観念が強くあるのでは」と感じていたので、「こういうのもありだよね、と受け取ってもらう挑戦」はなかなかに難しいぞと感じました。
遠山: ピアノ椅子といえば、革張で、高低自在機能がついていて、という固定観念があるように感じています。また、ピアノは選べるのに椅子は付属の椅子を使う場合が多く、お客様に選択肢を与えていない状態でした。この”常識”を壊したかったのが、出発点にありました。
開発のヒントやインスピレーション源になった、具体的なエピソードはありますか?
遠山: ヒントになったのは、自分がやっていたドラムの世界と、双子のユーザーのお話です。 ドラムをやっている人は、どこかで演奏する際にドラムは持参出来ないことが多いですが、ドラムスティックやべダルやスネア (太鼓) は最小限持参しますし、自分のシンバルや椅子を持参するのが一般的です。すごいかっこいい椅子に座っている人もいる。椅子で人との違いが出せたり、個性がでる。ピアノもそうあったら楽しいだろうなと思いました。また、双子のユーザーから「ピアノは一台でいいが、椅子を二脚購入したい」とオーダーがあった話を聞いたんです。
ピアノもドラム同様に持参することが難しい楽器ですが、ピアノの椅子を持参する方はほとんどいませんので、ピアノでもそうあったらいいなと思いました。また、時には二人、複数でピアノを楽しんでもらえるけれど、使わないときには邪魔にならないピアノ椅子があればと思ったんです。
井上: そうですね、ドラムの話は知らなかったので、今日勉強になりました。ピアノは、そこ(演奏する場所)に行って演奏するから「マイ(my)なんとか」という、”持って行けるこだわりのもの”が無いかもしれませんね。
石田: そうですね。コンクールでも、ステージでもピアニストは準備されてる椅子を使いこなさなくてはいけない。このスツールなら軽いし持って行けるかなと、大きさはあるので難しいかもしれませんが。
先日(2025.10)のショパン国際ピアノコンクールで優勝された、エリック・ルー氏はパイプ椅子を使って演奏されていました。ピアノの椅子はもっと自由でいいんだと勇気をもらえました。

この椅子のコンセプトや、デザインの特徴について教えてください。
井上: コンセプトは、あえて言葉にするなれば「Break free(自由であれ)」でしょうか。持ち運べる軽量さはもちろん、ピアノスツールとしても家具としても、様式に捉われない見た目や用途で自由を感じてもらいたいです。従来のものより自由になっているということだと思います。
遠山: 先に話した通り、ピアノだけでなく椅子も自由に選択してほしいと思っていました。また、従来のピアノ椅子は、弾いた後、鍵盤の下に戻しても出っ張っちゃうので、収納面で考えると少し邪魔なんです。このスツールは鍵盤の下にすっきり収まる幅にしたので、例えばピアノカバーを被せたときもストーンと綺麗に見えなくなるようにデザインをこだわりました。
井上: この椅子は足が斜めになっているので、体の動きに対しても対応出来るように、実はがっしりしてるんですよ。真っ直ぐだと、ピアノ弾いた時に体重移動で揺れやすくなっちゃいますからね。見た目の特徴にもなってますし、機能的にも優れていると考えています。
石田: 軽いので、実はがっしりしているというのはびっくりした点でしたね。
カワイとしては、用途はさておき、”自分らしさ、インテリアとの親和性や彩り”をコンセプトに考えていました。お客様の声を聞く中で、アップライトピアノ「NF-15」をお買い求めいただいた方の多くが「黒艶のピアノしかないと思っていたけど、インテリアにも合わせられるピアノを見つけた!」と喜びを感じてくださっている事がわかったんです。ただ、椅子は選べないので、独自で座部を張り替えて楽しんでいらっしゃる方がいたんです(下図)。
もっとピアノを自由に楽しめるものを提供出来たらと思っての座部の色にしています。
遠山: 将来的にはお客さんが座部の色も選択できれば、もっといいなあと考えています。

画像:記事”【NF-15 ユーザー様】ピアノ椅子をミナ ペルホネンの布に張り替えて大正解!“より
開発で「これだけは絶対に譲れなかった」こだわりや苦労した点はどこですか?
井上: もちろん、固定概念がある中での挑戦は容易くなかったですが、細かい点でいえば演奏時のスベリドメです。試作が出来た段階で、ペダルを踏む際の体重移動で椅子がずれることが判明しました。でも、足に何かを付けるという解決法をとると、デザインが変わってしまうため、好まなかったんです。でも、ピアノ専用スツールとしては解決しなければいけない課題だと。様々なトライの結果、最終的に目に見えない滑り止め塗料を脚の先に塗布することで、デザインの美しさと機能を両立させました。
遠山: 家具の世界では、椅子は滑った方が良いという常識があると逆に初めてこちらも知ったんですが、ピアノ椅子はペダルを踏む際に腰が少し浮いたりするため、椅子が滑ってしまうと危ないんです。安心して演奏していただきたいので、スベリドメだけは譲れなかったんです。
他にも演奏性を求めて、座面の大きさや高さの仕様もこだわりましたが、その点は本当にすぐに対応していただきました。ですので、スベリドメ開発が最も時間が注がれた「隠れたこだわり」といえる点ですね。靴下やゴムを貼るなど色々試していただきましたね。
井上: この「ライトスツール」シリーズは、デザイナーとエンジニアが心血を注いだ豊橋木工のスツールです。軽さと丈夫さを両立するために脚が末広がりになっていますが、足と足の間の板(座面下のパーツ)を伸ばせば、構造的にどんなサイズでもすぐ対応できるという良さがあります。ただ、実は、(ライトスツールを)作った当時は、すべて斜めになっている部品の合わせ目が段差なくツルツルにできているところは、木工の世界ではかなりハードルが高いこだわりでした。
ピアノ以外の使い方や、この椅子に寄せるお客様との関係性の願いは?

遠山: インスタで、実際にギター弾く時にスツールを使うというお客様の投稿も見ました。(写真:【LD-200ユーザー様】本物を長く大切に ― 趣味と音楽を楽しむ暮らし)
石田: 色んなところで「連弾にも使う、趣味でギターを演奏する…」「リビングで使う」とスツールの用途を広げてお使いになっている様子が見れて嬉しかったですね。もともとは連弾やお子様の演奏の見守りに使っていただくことを想定していましたが、それぞれのスタイルで楽しんでいただけたら嬉しいです。
遠山: この椅子に「トイストーリーのアンディのおもちゃ」のような存在になったら、なんて考えました。お子さんが大きくなって、一人暮らしを始める時 “ピアノは持っていけないけれど、この相棒 (椅子) だけは持っていきたいな” と思ってくれる人がでてきたら、そんなシーンが今後生まれたら、心から幸せです。
製品が完成した時の思い出や、このスツールを通じて期待する未来を教えてください。
井上: 試作品を試弾してもらった時は大興奮でした。我々の椅子を使って「音楽を奏でる」ことは、家具メーカーにとっては「座る道具を超えた」様に感じられたんです。動画撮影をして、会社でみんなで見ました。家具が音出してるみたいで、すごい嬉しかったですよね。
遠山: 試作品ができた時、「よし、これで最初の一歩が踏み出せたな」と安堵したことを覚えています。お客様に楽しんでもらえるように、課題を一つずつ解決していこうと思っていました。
これは不思議な発見だったのですが、開発段階で社内の様々な人に試してもらい、記録として写真を撮っていました。後からその写真を見返した時、誰が座ってもしっくりと馴染んでいることに気づいたんです。椅子と演奏者が自然にマッチしたシルエットになっていて、演奏者を最大限に引き立てながらも、椅子の存在感が嫌らしくなく、美しくそこにあるように感じられました。
井上:そう感じていただけたとは、とっても嬉しいです。まさに”演奏者が映える椅子”ですね!
石田: 箱から最終試作が出てきた時、本当にわくわくしたのを記憶しています。すぐにスツールを抱えて、工場内にあるピアノに合わせてみてみました。スッキリして見えるスツールですが、ピアノと合わせるとほっこりした雰囲気に変わったんです。
自分の幼少期を思い起こすと、ピアノは、家にある大きなもの、家具とまではいかないですが…要は”自分のもの”という感覚がなかったように思います。このスツールで「自分が選んだお気に入り」として、もっとピアノや音楽を身近に感じてほしい。スツールが、音楽ともっと自由に、もっと楽しく結びつけるきっかけになってくれたら、とても嬉しいです。
井上: 家の中に置くだけじゃなく、ストリートピアノ、ホールでも”マイ椅子/自分の椅子”としてこれを持って行って演奏してくれる人が出てきたら嬉しいなって思っています。シールを貼ったり、猫が座面に座ったり…スツールの下に小さな子がもぐったり…色んなシーンで使っていただくところが見たいです。
最後に、現在あるいは未来のユーザーの皆さんにメッセージをお願いします。
井上: 「ピアノがある生活」を、「自由な気分」で「自由な使い方」で楽しんでもらいたいです。そしてその楽しみ方を皆さんに教えていただきたいです。豊橋木工は、音楽好きの皆さんの「もっとこうしたい」を「もっと実現する」木工品メーカーになりたいと思っています。
遠山: ピアノは置いていくけれど、ご飯の時もこれだったし、自分の部屋でもこれだったっていう思い出と共に、このスツールだけ持って一人暮らし始めますっていう、誰かのお気に入りになったストーリーがいつか聞けたら、すごく嬉しいですね。
石田:卒業式の歌や、大切な瞬間に流れた曲、悲しいときに聞いた曲を何年経っても鮮明に覚えているのは、音楽がその時の感情や記憶そのものと深く結びついているからではないかなと思っています。カワイは、そうした人生の色濃い記憶のそばに寄り添う存在でありたい。このスツールで、少しでも日常と、かけがえのない記憶とを結ぶ、温かい架け橋となることを願っています。







