
「繊細な音、力強い音。指先から思い描いたとおりの音を奏でたい。」・・・ピアノを弾く人なら誰でも抱く思い。それを叶えるための鍵を握るのが「ピアノアクション」です。ピアノアクションは、演奏者の指から鍵盤に伝えられた力を増幅し、ハンマーを動かして弦を叩くまでの一連の機構です。
「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」は、多彩な音楽表現を可能にする卓越したタッチで、世界中のピアニストから高い評価を得ているカワイグランドピアノに搭載されたピアノアクションです。この画期的なアクションは、どのようにして生まれ、どのような演奏体験を約束するのでしょうか?この記事では、カワイグランドピアノの心臓部ともいえる「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」の魅力に迫ります。
日本初の国産ピアノアクションを生み出したのは、河合楽器の創始者である河合小市。そのピアノづくりへの飽くなき探求心と情熱を受け継ぎ、河合楽器の革新の歴史から生まれた「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」。このアクションがピアニストにもたらす真の価値をお伝えします。
Contents
グランドピアノ「アクション」の驚異的なメカニズム

I.打鍵から発音までのステップ
「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」の説明の前に、ピアノアクションの一般的な仕組みについて、少し触れてみましょう。画像はグランドピアノ1鍵分のアクションサンプルです。1鍵あたり80点以上もの部品からなる複雑な機構で、演奏者の意のままに反応する正確な動きが要求されます。
アクションの画像を見ながら、演奏者の打鍵から音が出るまでの仕組みを簡単に解説します。
〈ステップ 1〉
- 打鍵:演奏者が鍵盤(鍵盤トップ)を押すと、テコの原理で鍵盤の奥側が持ち上がります。
- 伝達:鍵盤の奥側が持ち上がると、その上にあるキャプスタンを押し上げます。
〈ステップ 2〉
- ウィペンとジャックの動作:キャプスタンに押し上げられたウィペンが動作し、さらにその上にあるジャックが突き上げられハンマーへ力を伝えます。
- ハンマーの加速:ジャックはハンマーローラー(ナックル)を押し上げ、ハンマーシャンクを通してハンマーに急激な加速を与えます。
- エスケープメント:ハンマーが弦を叩く直前で、ジャックがハンマーローラーから離れます。これをエスケープメントと呼び、これによりハンマーは鍵盤から独立し、勢いで弦を叩きます。これは、ハンマーが弦に接触したまま残るのを防ぎ、弦の振動を妨げないために不可欠な機構です。
〈ステップ 3〉
- 打弦と発音:独立したハンマーが弦を叩き、音が鳴ります。この瞬間には、既に押下げられている鍵盤に同期してダンパーが持ち上げられ弦から離れている状態になっているため、弦が自由に振動し音が鳴ります。
- 制止とリピート:打弦後、ハンマーは跳ね返り、レピティションレバーとバックチェックに受け止められて、次の打鍵に備えます。鍵盤を離すと、ダンパーが再び弦に触れ、音の振動を止めます。
II. グランドピアノアクションに求められるもの
ギターやヴァイオリン、クラリネットやフルートなどほとんどの楽器は、演奏者が音源(弦やリードなど)を直接コントロールする構造です。一方、グランドピアノは演奏者と音源(弦)の間に、鍵盤からハンマーに至る多くの小さな部品(ウィペン、ジャック、ローラーなど)が複雑に組み込まれています。88個のピアノ鍵盤すべてに同一なアクション機構が搭載されているのです。演奏者の指の動きを精密に反映する性能を維持するため、グランドピアノアクションに求められるものを以下に示します。
- 正確な動作:部品のわずかな歪みや寸法誤差は、「思った通りの音が出ない」「連打が効かない」「各鍵盤のタッチにバラツキがある」といった演奏上の致命的な問題につながります。個々の部品の精度が極めて重要です。
- 均一性:88鍵盤ある各アクションについて、寸法、重量、剛性、摩擦、トルク、バネが同一もしくは順に整列されていることが、高い表現力や演奏性につながります。
- 摩擦の最適化:打鍵力が可能な限りロスしないことと同時に、各部位が適切な値の摩擦を維持できるよう、各接点での摩擦をコントロールし、演奏者の指先に敏感に応答する(レスポンシブな)タッチを実現しなくてはなりません。
- 安定性と耐久性:性能を維持するため、湿度や温度などの環境や経年変化による部品の狂いを防ぎ、高い安定性と耐久性の確保が必要です。高精度な素材と設計こそが、理想的なタッチを支えます。
ウルトラ・レスポンシブ・アクションIIの特長
河合楽器が独自に開発したグランドピアノアクション「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」の特長を深掘りします。

I.最先端新素材のカーボンファイバー入りABS樹脂を採用
ウルトラ・レスポンシブ・アクションIIには、主要部品に最先端新素材であるカーボンファイバー(炭素繊維)入りABS樹脂が採用されています。従来の木製アクションの弱点を克服する素材として、長年の研究から開発されたのが、剛性の高いカーボンファイバー入りABS樹脂部品です。スポーツ用品業界では、いち早く木製部品に代わり新素材が使用されていました。例えば、テニスラケットは100年以上ウッドの時代が続き、金属になり、現在はカーボン複合素材へと進化しています。ゴルフクラブも、従来の木製ドライバーから、より安定したティーショットを実現できるカーボンシャフト素材へと移行しました。すべて、天然素材の持つ弱点を補うため素材開発が進んできたのです。


「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」カーボンファイバー入りABS樹脂部品


木製アクション部品
ウルトラ・レスポンシブ・アクションIIに採用されているカーボンファイバー(炭素繊維)入りABS樹脂には、次のような特性があります。
- 木製部品より軽量で強い:カーボンファイバー入りの新素材は機能重視のデザインを可能にし、木材では実現できない軽量化と高剛性なアクションを実現しました。軽快なタッチと高いダイナミックレンジを確保しています。
- 環境に左右されない安定性:木材と違い、湿気などの環境変化による「反り」や「膨張」がほとんどありません。季節ごとの環境変動に強く、常に安定したタッチで演奏できる安心感を提供します。
- 個体差がなく均一性が高い:木材を削り出した部品と異なり、サイズや重量に誤差のない均一な部品の製造が可能です。88鍵盤すべてのタッチにバラツキのないアクション性能を生み出します。
II.優れた連打性と追従性
カーボンファイバー入りABS樹脂で軽量化された部品は、正確で軽快な動作を生み出します。ジャックの重量バランス、バックチェック形状の見直しで、連打性能も向上しています。これにより、高度なテクニックを要する同音連打や高速なパッセージもストレスがなく、鍵盤が指についてくる感覚での演奏が可能です。
III.繊細な弱音(ピアニッシモ)コントロール性の向上
木製部品と比較してカーボンファイバー入りABS樹脂素材の部品は製造時の加工精度が高く、緻密な形状コントロールも可能になっています。ジャック先端部の形状は適切な摩擦特性を求めた形状に設計されており、繊細な表現に重要なレットオフ感も最適化しました。これにより、消え入るような繊細な弱音(ピアニッシモ)でも、コントロールを失わずに奏でることが可能です。
IV.機能重視のカワイオリジナルデザイン

「KAWAI」ロゴ入りのストライプデザイン
木製部品の角張ったデザインと異なり、新素材だからできる曲線的なデザインを採用し、強度を確保しつつ軽量化を実現しています。カワイオリジナルの証としてウィペンなどのアクションパーツに「KAWAI」ロゴ入りのストライプデザインが採用されています。
ウルトラ・レスポンシブ・アクションII搭載モデル
数々の国際ピアノコンクールで高い評価を得ているShigeru Kawaiフルコンサートグランドピアノをはじめ、ほとんどのカワイピアノに「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」が搭載されています。
〈グランドピアノ〉
●Shigeru Kawaiシリーズ(カワイ最高峰のグランドピアノ)
〈アップライトピアノ〉
カワイアップライトピアノのほぼ全機種に、アップライトピアノ用「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」が採用されています。(一部、未搭載モデルあり)

アップライトピアノ用「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」
ウルトラ・レスポンシブ・アクションIIへ到達までの歴史
I.日本のピアノ史を塗り替えた「発明王」河合小市のDNA

河合楽器のピアノづくりの根底には、創業者・河合小市の「飽くなき探求心」が引き継がれています。明治32年(1899年)、小市は国産初のピアノアクションを発明。翌年完成した日本初の国産ピアノには、このアクションが搭載されました。ピアノがまだ「高価な輸入品」でしかなかった明治時代。日本で初めてピアノアクションを自ら設計・製造することに成功したのです。
小市は独自の改良を重ね、周囲から「発明の小市」と称えられるようになります。彼の凄みは、単なる職人技に頼るのではなく、「どうすればもっと正確に、もっと自由に音を操れるか」を科学的に分析する姿勢にありました。この意思を引き継いだ河合楽器の開発姿勢が、現代のウルトラ・レスポンシブ・アクションIIへとつながっています。
II.新素材ピアノアクションの変遷
木材の弱点である「気候による変化」を克服することと、「ピアノアクションに求められる高い加工精度」を実現するために、航空宇宙産業でも使われるカーボン繊維複合材を採用した大胆な決断。カワイのピアノアクションは、2004年の「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」開発に至るまでに、アルミ製ハンマーシャンクレールなど、木に勝るいろいろな素材を採用してきた歴史があります。
以下が、ピアノアクションに新素材を採用した、革新の歴史です。
〈参考〉新素材アクションの変遷
| 年代 | 使用新素材・パーツ |
|---|---|
| 1964年 | アルミ製ハンマーシャンクレール採用 |
| 1970年 | 人工皮革採用 |
| 1972年 | アルミ製ウィペンレール、ABS樹脂製ウィペンフレンジ採用 |
| 1975年 | カーボンポリアセタール製ジャック“ブラックジャック”採用 |
| 1979年 | アルミダイキャスト製ブラケット採用 |
| 1987年 | ポリブチレンテレフタレート製ハンマーシャンクフレンジ採用 |
| 1996年 | 新開発ABS樹脂製ウィペンを全面的に採用 |
| 1997年 | ポリアセタール製ダンパーレバー採用 |
| 1999年 | 「ウルトラ・レスポンシブ・アクション」 採用 |
| 2004年 | 「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」 採用 |
【FAQ】「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」に関するよくある質問
Q1. 新素材(カーボン樹脂)だと、音色まで「プラスチックっぽく」なりませんか?
A. 音色が機械的になることはありません。
「鍵盤の動きをハンマーに伝える」力を伝達する役割の中間部品にカーボンファイバー入りABS樹脂を使っています。音色に関わるハンマー(フェルト)や弦、響板といった主要部分には、河合楽器が厳選した最高級の天然素材を使用しています。カーボン素材を採用しているのは、いわば「骨格と筋肉」を強化するためです。木より強くて軽い新素材により表現の幅が広がり、より豊かな音色を引き出せるようになっています。
Q2. 伝統的な木製アクションの方が、長持ちすると思いますが。
A. ウルトラ・レスポンシブ・アクションIIは耐久性と安定性に優れています。
ピアノに使われる木材は環境変化に強い加工や設計が用いられていますが、それでも湿気による変形や経年劣化は避けられません。カーボン複合材は半永久的にその形状と強度を維持します。河合楽器は1970年代からアクションへの樹脂採用を開始しており、耐久性は実証済みです。長期にわたって高い性能が維持され、メンテナンスコストの抑制にもつながります。
Q3. 「タッチが軽すぎる」ということはありませんか?
A. 「軽い」のではなく「レスポンスが良い(反応が速い)」のが特長です。
アクションの軽量化は、単に鍵盤を軽くすることではなく、動かした後の「戻りの速さ」や「指への追従性」を高めています。ピアニストの指先に吸い付くような感覚があり、ピアニッシモ(弱音)の表現力も高く評価されています。
文字や図解だけでは伝えきれない「指とピアノが一体になる感覚」を、最寄りのカワイピアノショールームで体験してみてください。
まとめ:カワイグランドピアノが切り拓く、ピアノ演奏の未来
カワイの「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」は、単なるスペック上の進化ではありません。日本で初めてピアノアクションを開発し、技術者としてピアノ作りに生涯を捧げた河合小市。「世界一のピアノを作りたい」という小市の思いは、さらに二代目社長・河合滋に受け継がれ、河合楽器のピアノづくりの基盤になっています。「奏者の想いを一滴もこぼさず音に変えたい」という執念が、現代のテクノロジーと融合して結実したピアノアクションが「ウルトラ・レスポンシブ・アクションII」です。
伝統を守るために、あえて伝統を革新する。河合楽器が辿り着いたこの答えが、あなたの音楽人生に新たな喜びと表現の自由をもたらすことでしょう。






